蹴上の追手——逃げた総裁職、文久三年三月
文久三年二月、春嶽は勅使の前で、割腹を覚悟した。
(※その一夜は、第2弾「勅使の夜」で描いています)
それから、ひと月あまり後の三月——。
蹴上の坂は、京を出る者の背を押すように、東へ延びていた。ひとりの男が、わき目も振らずにこの坂を越えた。日本の政の頂にいたはずの男が——逃げるように。
松平春嶽。前の福井藩主にして、当時の幕府政事総裁職。将軍家茂を補佐し、国の舵取りを担う重職にあった人である。その春嶽が、誰にも告げず、京を後にしようとしていた。
なぜ、彼は職を投げ捨てたのか。

道理の行はれざる世
春嶽は、この文久三年の将軍上洛に、望みを賭けていた。
当時、政の最大の病は「政令二途」にあった。幕府と朝廷、二つの口から、てんでに命令が下る。国がひとつの方向を向けない、二重権力の混乱である。春嶽はこれを断ち切ろうとした。いっそ幕府が政権を朝廷へ返上する(大政奉還)か、さもなくば朝廷が改めて政権を幕府に委ねるか——そのどちらかに、一本化する。それが彼の構想だった。
ところが、三月七日。将軍家茂に下された勅書が、その望みを打ち砕く。政権は引き続き幕府に委任する、と記しながら、後半にこうあった。
〔原文〕
国事之儀に付ては、事柄に寄り直に諸藩へ御沙汰在らせられ候間……(『続再夢紀事』)
——国の大事については、場合によって朝廷が直接、諸藩へ命令を下す。つまり、政令二途を、朝廷がみずから公認したのである。一本化どころか、二重権力の固定であった。春嶽の努力は、水泡に帰した。
これに先立つ三月三日、大津で将軍家茂を出迎えたとき、春嶽はすでに覚悟を口にしていた。
〔原文〕
道理に依りて事を成すべきにあらざるものあり、故に此上は将軍職を辞せらるる外、なされかたあらざるべし、慶永も道理の行はれざる世に立ちて、重職を穢すべきにあらざれば、速に職を辞する覚悟なり(『続再夢紀事』)
——道理によって物事を成せない世がある。ならば将軍とて、職を辞される外に道はない。この慶永(春嶽)も、道理の行われぬ世に立って、重職を穢すわけにはいかぬ。速やかに、辞職する覚悟である。
道理の、行はれざる世。春嶽が背を向けたのは、攻め寄せる困難ではない。道理そのものが通らなくなった、政の有りようであった。
小楠、すでに京になく

この難局に、春嶽が最も頼みとした男は、傍にいなかった。熊本から福井に招いた思想家、横井小楠である。
(※第5弾「もう一人の知恵者」で描いた、あの小楠です)
前年の暮れ、小楠は士道忘却事件に巻き込まれ、熊本藩の処分を避けるため、福井へ送り返されていた。最も知恵を借りたいときに、その知恵袋は、千里のかなたにいたのだ。
——春嶽は、この事件のあと、肥後藩の重役に直接掛け合ってまで、小楠の寛大な処分を願った人である。世間が「武士の風上にも置けぬ」と小楠を罵るなかで、その才と志だけを見ていた。それほどに惜しみ、頼みとした男であった。
その小楠さえ、傍にいてくれたら——。別の一手が、見つかったかもしれない。だが、理を説く声も、背を押す声もない。春嶽は、たった一人で、道理の通らぬ渦中に立っていた。打つ手は、もはや残されていなかった。
辞めるに、辞められぬ
三月九日以降、春嶽は再三、辞任の歎願書を提出する。中川宮も、慶喜も、山内豊信も、こぞって留任を請うた。だが、決心は動かない。
問題は、その辞表が容れられぬことだった。春嶽自身が、顛末を書き残している。
〔原文〕
依病五六日引籠、惣裁職を辞表慶喜公名宛にて差出候処、於幕府御免といふ事六ケ敷、素々後見職・惣裁職は、従御所以勅使被仰出候事故、御所へ御伺に相成候模様なり。夫故辞表を差出し置、直に越前福井へ帰国せり。(『逸事史補』)
〔読み下し〕
病に依り五六日引き籠り、惣裁職を辞表、慶喜公名宛にて差し出し候ところ、幕府に於て御免といふ事六ケ敷(むつか)しく、素々(もともと)後見職・惣裁職は、御所より勅使を以て仰せ出だされ候事故(ゆえ)、御所へ御伺ひに相成り候模様なり。夫故(それゆえ)辞表を差し出し置き、直ちに越前福井へ帰国せり。
※春嶽は引用文中で「惣裁職」と記している。「惣」は「総」の通用字で、幕末にはしばしば混用された。本記事では、現在一般的な「総裁職」の表記に統一している。
辞めるに、辞められぬ。勅命で授かった職は、幕府の一存では下りられない。許しを待てば、いつ果てるとも知れぬ。
春嶽は、待つことをやめた。三月二十一日、辞職の許可を得ぬまま、福井への帰国を強行したのである。
蹴上を越えて

蹴上の坂を東へ。峠を越えれば近江、その先に北国へ続く道がある。福井は、もうそう遠くない。
新緑が、山の斜面を覆っていた。芽吹いたばかりの葉が、風にひるがえって光る。世はこともなげに春を深めているのに、坂を上る春嶽の足は、鉛のように重かった。
ふと、背後で馬蹄の音が聞こえた気がした。振り返る。誰もいない。風が若葉を鳴らしているだけだ。
また、聞こえる。追手——幕府が、京都守護職が、職を捨てて逃げる自分を、捕らえに来るのではないか。胸の鼓動が、坂の勾配よりも急になる。
だが、実際には、追手はかからなかった。春嶽は無事に福井へたどり着き、その後の処分も、存外に寛大なものだった。彼を追う者など、おそらく、いなかったのだ。
それでも——あの坂の上で春嶽が聞いた馬蹄は、幻ではなかった。それは、責を投げ出したという自覚が、彼自身の胸の内で打ち鳴らした音だった。
人が最も恐れるのは、外の敵ではない。己の良心が、己を追いかけてくることだ。蹴上の追手は、春嶽の心の中にこそ、いた。
「逃げた」のか「断った」のか
この帰国を、世は「逃亡」と呼んだ。重職にありながら、職を放り出して国元へ帰ったのだから、無責任の誹りは免れない。
だが、本当にそれだけだろうか。
道理の通らぬ政に、重職として加担し続けること。それこそが、春嶽には耐えがたかった。逃げたのではない。道理なき世への加担を、断ったのだ。
そして、咎める側もまた、それを分かっていた。春嶽は、こう書き残している。
〔原文〕
内実の話にては、幕府にても春嶽殿の惣裁職辞表差出帰国は、奇々妙々と内々は感心致候との事。乍併、奉対朝廷候御義理あるを以、謹慎被仰付たり。(『逸事史補』)
〔読み下し〕
内実の話にては、幕府にても春嶽殿の惣裁職辞表差し出し帰国は、奇々妙々と内々は感心致し候との事。乍併(しかしながら)、朝廷に対し奉り候御義理あるを以て、謹慎仰せ付けられたり。
——内々の話では、幕府でも春嶽の辞表提出・帰国を「奇々妙々(みごとな、思い切った振る舞い)」と、内心は感心していたという。しかし、朝廷への御義理がある手前、表向きは謹慎を命じるほかなかった、と。
幕府が下した処分は、総裁職を罷免のうえ、逼塞(門を閉じての謹慎)にとどまった。重職放棄という罪の重さに比べれば、破格に軽い。表向きは叱責しながら、内心ではその筋を認めていた——咎める側のその相反する想いが、この軽い処分に、滲んでいる。
まとめ──退くことの勇気
進むことを勇気と呼ぶのはたやすい。だが、退くこともまた、勇気を要する。
地位に留まれば、名誉も権勢も保たれる。それを自ら手放し、「逃げた男」の汚名を引き受けてでも、道理なき世に重職を穢すまいとする。蹴上の坂を越えた春嶽の背には、その覚悟が滲んでいた。
追手は、かからなかった。けれど春嶽は、生涯、あの日の馬蹄の音を忘れなかったのではないか。己の良心に追われ続けた人——それもまた、松平春嶽という人の、誠実のかたちだった。
旅の手帖——春嶽が帰り着いた地、福井へ
道理なき世に背を向け、春嶽が帰り着いた城下町・福井。だがこの地は、彼が再び心を立て直し、のちの世を見据える拠点となった場所でもある。
- 福井城址……春嶽が藩主として過ごし、帰国後の謹慎の日々を送った城。今は石垣と堀が、往時の静けさを伝える。
- 養浩館庭園(旧・御泉水屋敷)……福井藩主の別邸として営まれた、水を主役とする名勝。春嶽はこの庭を愛し、慶応元年(一八六五)には夫人・勇姫とともに庭を逍遥し、月見の御座敷で時を過ごしている。そして晩年——明治十七年、春嶽はこの地に「養浩館」の名を贈った。孟子の「浩然の気を養う」、すなわち大らかな心を育てる、という言葉に由来する。

術尽き、道理なき世から退いた男が、最後に庭へ託したのは「心を養う」という願いだった。水と緑の静けさは、あの蹴上の坂で良心の追手に怯えた春嶽の心を、確かに養い、慰めたのだろう。その空気を、城下に一夜の宿を借りて、感じてみてはいかがだろう。
そしてもう一つ、心を寄せたい地がある。春嶽がこれほどまでに惜しんだ横井小楠を生み、育てた地——肥後・熊本である。
城下にそびえる熊本城は、平成二十八年(二〇一六)の熊本地震で大きな傷を負いながら、今もなお、一歩ずつ復興の歩みを続けている。難局に幾度も立ち上がろうとした小楠のように、傷ついてなお、また立ち上がる城。その姿は、道理なき世に屈しなかった春嶽の生き方とも、どこかで響き合う。

修復の槌音が今も響く熊本城は、傷ついた文化財がよみがえっていく、稀有な現場でもある。春嶽と小楠の縁をたどる旅の、もう一つの行き先として。再び天守を仰ぐその姿と、復興の一歩一歩を、ぜひご自分の目で見届けてみてはいかがだろう。
画像出典
・アイキャッチ/本文「京師・三条大橋」:歌川広重、The Metropolitan Museum of Art(CC0)
・松平春嶽・横井小楠 肖像:国立国会図書館蔵(パブリックドメイン)
・養浩館庭園:写真 Fumi Yana / CC BY-SA 4.0(出典 Wikimedia Commons)
・熊本城天守:写真 そらみみ / CC BY-SA 3.0(出典 Wikimedia Commons)
