【第1回】井伊直弼の青年期──埋木舎での修養と成長

「世の中を よそに見つつも 埋もれ木の
埋もれておらぬ 心なりけり」
――井伊直弼
この和歌は、世間から隔絶された暮らしの中でも、自らの意志と誇りを失わなかった直弼の心情をよく表しています。
Contents
🔰 このシリーズでわかること
本シリーズ「井伊直弼の青年期」では、幕末の風雲の時代に翻弄されながらも、自らの信念を貫いたある大名家の末子・井伊直弼の生涯を追っていきます。
第1回となる今回は、井伊直弼の「青年期」の出発点となる埋木舎での暮らしに焦点を当てます。ここでの修養が、後の政治的決断力の礎となったのです。

埋木舎(うもれぎのや)─現在も彦根市に現存する、直弼の青年期の住居跡。
🌸 井伊家の十四男として──世継ぎの望みなき少年
1815年(文化12年)、彦根藩主・井伊直中の十四男として生まれた直弼。幼少期から、彼には「家を継ぐ望み」はありませんでした。
それは、「家督を継ぐ者」ではなく「ただの家臣」として、藩政の外側で生きる人生を意味します。
彼に与えられたのは、藩邸の一隅にある小さな屋敷──後に「埋木舎」と呼ばれることになる場所でした。
🏡 埋木舎での暮らし──孤独ではなく、自省と鍛錬の場
「世の中を よそに見つつも――」
直弼の和歌からは、孤独を嘆くどころか、「世間から離れた場所で、己を鍛える」という強い意志がうかがえます。
直弼は、「予は一日に二時(時間)眠れば足る」といって、埋木舎では、寝食を忘れて文武の修練に精進しました。茶道・禅・武道・和歌と、あらゆる分野において研鑽を重ねました。
直弼は、巷で「茶歌ポン」と呼ばれていました。これは茶の湯、和歌、謡曲の鼓の音「ポン」であり、直弼はそのいずれにも造詣が深かったためです。
特に、彼が熱心に学んだ「石州流茶道」は、後の政治姿勢に通じる“静と動のバランス”を育んだとも言われています。
茶の湯を通して藩主の心得を知る
直弼は、茶の湯を単なる趣味や儀礼ではなく、「心を修練する術」として重視し、藩主としての役割や人格形成に深く結び付けていました。
特に、直弼は「一期一会」や「独座観念」「余情残心」といった茶の湯の精神を重んじ、主客の心の交わりや、どんな立場の人とも分け隔てなく接することの大切さを説いています。また、禅の修行を通じて得た精神力や識見が、藩主としての判断や行動の根底にあったとされています。
埋木舎時代の質素な生活の中で、茶の湯を通じて「豊かな心の修養」を探求し、それが藩主としての自覚や、広い視野・包容力につながったと考えられます。

石州流茶道の特徴
石州流(せきしゅうりゅう)は、江戸時代初期の大名・片桐石州(貞昌)を流祖とする武家茶道の代表的な流派です。
主な特徴
• 千利休の精神を受け継ぎつつ、武家社会の格式や礼法を重視した「わび茶」を基本とします。
• 「不昧(ふまい)」、つまり飾らず自然体で簡素・静謐な茶風を追求します。
• 所作は無駄がなく、動作に調和と格式が感じられます。
• 茶道具も実用性・簡素さを重視し、華美な装飾は控えめです。
歴史と広がり
• 片桐石州が4代将軍徳川家綱の茶道指南役となったことから、全国の大名・武士階級に広まりました。
• 免許皆伝制を採用し、家元制度にこだわらなかったため、多くの分派が全国に伝わっています
🌅 転機──埋もれ木に差した光
だが、運命は思いがけぬ形で直弼を呼び戻します──兄たちの相次ぐ死去。
「まさか自分が」と誰もが思ったそのとき、埋もれ木に光が差し込んだのです。
藩政の表舞台に出ることとなった直弼は、少年時代に培った学びと精神力をもって、幕末日本の命運を握る「大老」へと登りつめていくのです。
なお、直弼が埋木舎に住み始めたのは17歳のとき。江戸時代の武士にとってこの年齢は元服後であり、すでに一人前の大人として扱われるため、本記事では「青年期」として位置づけています。
🔗 次回予告:「藩政改革と名君の素顔」
次回は、藩主となった井伊直弼が、いかにして彦根藩を建て直したのか──その「名君」としての一面をお届けします。
埋もれ木は、どのようにして芽を出したのか。ぜひ、次回もご期待ください!
🔖 補足:直弼と彦根の絆
井伊直弼の人生は、常に彦根という地と深く結びついていました。
明治の世になっても、彼の面影は「埋木舎」や「彦根城」に残り続け、今も多くの人々に語り継がれています。
下図:彦根城中堀と埋木舎

埋木舎の現地案内(彦根観光ガイドより)
所在地:〒522-0001 滋賀県彦根市尾末町1-11
電話番号:0749-23-5268(彦根観光協会)
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、12月20日~2月末、夏季休館(令和6年8月1日~9月30日)
入館料:大人 300円、高大生 200円、小中学生 100円
駐車場:彦根城二の丸駐車場(280台、無料)より徒歩3分
アクセス:JR彦根駅西出口より彦根城方向へ徒歩約10分
ひこね芹川駅からもアクセス可
💡 ブログ運営者より
このブログでは、井伊直弼を「赤鬼」としてではなく、一人の“志を持った人物”として再発見していきます。
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